温泉は河原の段丘にあって、険しい山に囲まれている。川からのそよ風が涼しい。道の険しさに負けず劣らず、正真正銘の秘湯だ。にもかかわらず、静岡市営(管理は民間会社が受託)の誇りなのか、券売機から出たチケットが写真付きカラー印刷なのが可笑しかった。受付のご婦人によると、路線バスもここまでは登ってこられず、ひとつ下の集落が終点だという。それでも驚きだが。
 浴槽は小ぶりの内風呂と、山を見あげる石造りの露天風呂。透明の源泉がちょろちょろと流し込まれている。加温のみで、内風呂が一部循環、露天は源泉かけ流し。泉質はナトリウム炭酸水素塩泉。ぬるめのお湯である。源泉の温度は37度だから、加温はわずかのようだ。
 まずは内風呂に。肌あたりは柔らかく、身体とお湯が同化するよう。つるすべ感が強く、ぬるぬると感じる。身体に細かい泡がついて、それがはじけるせいもある。露天風呂はかけ流し。焦げ茶色の糸くずのような湯ノ花が舞う。それ以外は内風呂と変わらない。露天風呂に陣取って、セミの声に耳を傾けながら瞑想にふける。緊張がほどけてゆく。これだけ大自然に囲まれていると、ぬるい温泉も悪くないな。風呂あがりは肌がしっとりして、心地よかった。
 奥静の足跡をまとめたアルバムを次頁に挿入しました。よろしければ見てやってください。
 支度をしながら、帰り客が現れるのを待つ。セミの声がにぎやかで、おもわず山を見上げる。この山の向こう側は、2019年に訪れた、セミがうるさかった接阻峡だ。
 僕「おうい、僕は接阻峡で、君らのご先祖さまと会っているんだぞぉ」
 セミ「ミーンミーン…」
 おっ、マツダのSUVさんが帰り始めたぞ!恥も外聞もなく、またお尻にくっついてゆく。マツダがすれ違いポイントを通過するときは、僕もひとつ後ろのポイントで徐行と、つかず離れずでノロノロと進む。そのかいあって、登ってきた路線バスと自家用車を、無事にやりすごすことができた。
「口坂本温泉浴場」 054-297-2155
静岡県静岡市葵区口坂本652 入浴料¥300-
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