御夢想の湯は、渓谷を背にして、ぐるりを森に囲まれている。
 野鳥のさえずりが聞こえて、聖域のような雰囲気。
 湯屋も、文化財を思わせる風格がある。
 三脚で記念撮影をしたあとにバッグから入浴キットを取り出すと、どこからか僕の行動を観察していたご夫婦が、「えっ?やっぱり、ここって、入浴できるんですね!」と声をかけてきた。
 たしかに文化財みたいだから、「入浴したら叱られそう」と誤解してしまうかもしれない。
 そういう意味では以前の四万温泉でも、度胸というか図太さが求められた。
 たとえば「積善館」では、建物見学だけの観光客が、浴室も覗いてきた。
 また「河原の湯」は、僕の入浴を覗いた観光客が「ほんとだ。お風呂だよ、ここ!」と声をあげたっけ。
 いまはどういう状況なのかわからないけれど。
 さて御夢想の湯である。
 幸い入浴客は僕だけ。湯屋に入ってすぐが脱衣所で、裸で地下一階におりると薄暗い浴室。
 まん中に真っ黒な岩をくりぬいた清潔な浴槽。そこに透明な源泉が、じょぼじょぼと流し込まれている。
 ただし浴槽はひとりでいっぱい、というか、人と一緒に浸かるのはごめんだな…というサイズだ。
 お湯は、最深部で源泉地が近いせいか、おそらくどの四万温泉よりも素晴らしかった!
 まず43度と熱いのに、肌あたりが柔らかく、くつろげる。
 お湯もどっしりとした密度を感じ、効能が疲れた身体をときほぐしてゆく感じがたまらない。 
 快感のため息をつきながら、薄暗い浴室で法悦のひととき。
 風呂あがりの温浴感はわずかで、まぶしい陽の下での身支度も楽ちん。
 古くから「四万(よんまん)の病に効く温泉」として栄えた湯治場・四万温泉。
 湯巡りには度胸が要るけれど、そんな度胸が旅を鮮やかに彩ってくれる、そんな名湯だ。
「御夢想の湯」 入浴料 寸志
群馬県吾妻郡中之条町四万4372-1
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